意志を受け継ぐもの



午後になってからようやく、風が吹いてきた。日差しが照りつける中、心地よさを運んでくる。
アラミスは、小さく息を吐き出した。その視線の先には、剣を振り回している小さな体。一生懸命に体を動かす少女の頬から、ぽたりと汗が流れた。
「その辺で、休んだらどうだ」
見かねて、アラミスは声をかける。しかし、少女は前を向いたまま、はっきりと高い声で告げる。
「もうすこし!」
答えるや否や、少女はすぐに剣の動きを繰り出す。それは、けっしてでたらめな動きなどではなく、きちんと教えこまれたもの。
(また、覚えている。上達している)
アラミスはその学習能力に、感心すら覚えていた。
息をあげながらであるが、少女の動きは正確であり、乱れをみせない。風を斬る音は軽快そのものだ。
ふう、と再び息を吐いて、アラミスはゆっくりと立ち上がる。足を引きずりながら、少女の背後に近づくと。
「きゃ!」
自身の帽子を、少女に被せる。突然真っ黒になった視界に驚き、彼女は剣を地面に落としてしまった。
「一度、つめたい水を飲みなさい。せっかく頑張っても、倒れてしまっては元も子もないだろう」
「……はい」
帽子を脱ぎ、頬を膨らませながら振り返える。もっとやりたいのにと言わんばかりの表情。本人はムッとしているのだろうが、アラミスからすれば愛らしいその表情に、笑みがこぼれる。
少女は、室内へ向かって軽快に走って行った。

季節は、春から夏へ移ろうとしている頃。昼食を済ませてからさほど経過していないこの時間帯、太陽の下での激しい運動は確実に体力を奪う。ましてや、あの小さな体では。
地面に落ちている剣を、アラミスは拾った。屈んだ時に、左足に痛みが、ほんの少し走る。もう、慣れた事であるが。
年期の入った剣。それは、自分がかつて使っていたものだった。長いことしまいこんでいた剣。剣からしたら、数年ぶりに活躍できて、きっと嬉しいのだろうけど。

きっかけは、些細な事だった。


出かけた先で、たまたま剣士の集団を見かけた。その時、銃士の話をしたのだろうと、アラミスは思う。アラミス自身ははっきりと覚えていない。その位、さらりと話したのだろう。

「私はね、銃士になりたかったんだ」

それは確かに、嘘偽りのない自分の夢だ。もう、叶えられなくなってしまったけれど―きっと、その事も、その時言ったのだろう。少女は、しっかりと聞いて、覚えていたのだろう。
それは、しんしんと雪が降っていた、冬の事であった。


始まりは、春が訪れてから。
誕生日祝いは何を望むかとアラミスが尋ねると、返ってきた答えは「剣がほしい」という、予想だにしないものであった。
アラミスは、一笑に付そうとしたが、止めた。少女はふざけてなどいない。瞳が、真剣そのものであることに、気が付いたから。
「……お前、剣がどんなものか、分かっているのか?」
「はい」
きっぱりと言い放つ少女。アラミスは呆気にとられる。
「嘘を吐くんじゃない。お前は見たことすらないだろう」
少女は、一瞬困ったような顔を見せたが、すぐに言葉を紡ぐ。
「それなら、みせてください」
「何?」
普段自身が話すそれより、高い声が飛んでしまった。もうすぐ、5つになる少女が、剣をほしがるとは。それも、しっかりとした、自身の気持ちで。
少し考えてから、アラミスは少女に待っているように伝え、その場を離れる。体を壊してから、使わなくなった剣を取りに向かったのだ。
見せてほしいというなら見せてやろう。剣がどんなに怖いものか。恐ろしいものかを。その目の前で。
あの強情娘でも、さすがに泣き出して自分のところにとびつくだろう。いや、さすがにそれは可哀想か。それでも、自分のところに飛びついてくれるなら、ちょっと位痛い目にあってもらおうかな。アラミスはのんきな事を思いつつ、少女の元へ剣を持ってきた。
丸い瞳は、興味津々、といった様子で、アラミスの手の中にある剣を見つめる。
少女の刺すような視線を受けて、アラミスは、鞘から剣を取り出した。しばらく使ってはいないが、手入れはしてあったため、鋭さがあった。
「さあ、よく見てごらん」
アラミスは、細心の注意を払いつつ、少女の目の前で素早く剣を振りかざす。目の前と言っても、もちろん距離はおいてある。それでも、鋭利な剣は、手をかざせばすぐ届くところにある。
振りかざしてから、アラミスは少し後悔していた。やっぱり可哀想だったかな、嫌われてしまうかな。僅かに表情も曇る。
しかし、アラミスの胸中に反し、少女に涙する様子はみられない。それどころか、ますます引き付けられたかのように、剣に近づく。
「おい、危ないぞ!」
慌てて、アラミスは剣を少女から離すが。
「わたしにも、もたせて」
少女は満面の笑みで、アラミスにすがりつく。状況が状況でなければ、よしよしと頭を撫でているところなのだが。
「バカな事を言うんじゃない」
「もってみないと、わからないわ」
アラミスはため息を吐いた。だが、それでも持ってみれば、その重さにおののくかもしれない。自分が持つ分には軽量だが、この小さな子からすれば、幾分重さもあるだろう。どうか諦めてくれ、このガンコ娘!願いをこめて、アラミスは剣を手渡した。
「気を付けるんだぞ」
アラミスの話を聞いているのかいないのか。少女は怖がるどころか、意気揚々とした様子で、剣を振り回す。
「おい、こら。危ないじゃないか」
アラミスは慌てて、少女の体を押さえ、動きを止めた。この娘は何度、自分を慌てさせれば気が済むのだろう。むしろアラミスの方が、泣きたい位であった。
「わたし、こわくなんかないわ。ね、けんをおしえてください」
「何故だ、何故剣をほしがるのだ?」
ぶつけられた疑問に、少女は一度息を飲んだ。うつむいてから、まっすぐ前を向いて、父親の顔を見る。
「……おとうさまのゆめ、わたし、かなえたいの……」
「えっ」
少女は優しく剣を置いて、アラミスの元に駆け寄る。右足にすがりつくようにして、顔をまっすぐ上へ向けた。
「おとうさま、けんしになりたかったのでしょう。だから、わたし」
アラミスは、目を丸くした。ここで、ようやく思い出したのだ。あの話を。冬の日の話を。
「わたしが、おとうさまのいけなかったところへ、いってきます。どんなところだったか、おとうさまにおしえたいの!」
にっこりと、花のように微笑む少女。
アラミスは、正直なところ、この少女の優しさに胸がいっぱいになっていた。さらりと話した事を覚えていてくれたこと。そして、自分の代わりに夢を叶えると、真剣に思っている事を。
彼は腰を落とし、少女に目線をあわせる。小さすぎる肩に手を乗せた。
「あんな危ないもの、女の子のお前に教える事はできないよ。お前の優しい気持ちは、嬉しいけれど」
「おねがい、おねがい、おとうさま。むりだとおもったら、そこでやめる。あきらめるわ」
アラミスの言葉を遮り、少女は懇願する。
普段は大人しく、ちょこんとしている可愛い娘だが、一度言い出したら本当に聞かない。やれやれと、肩をすくめる。
しかし、アラミスは、心のどこかで少しだけ胸をなで下ろしていた。この子は、自分から『無理だと思ったら止める』と言っている。
ならば、そう思わせれば良いのだ。少し荒療治だけれども、徹底的にしごいてやろう。二、三日そうしてやれば、もう二度と剣を持とうとはしないだろう。
「分かったよ、お前がそう言うならば」
父の思惑などに全く気付かず、少女の表情はぱあっと明るくなる。そして、アラミスの胸に飛び込んでいった。


それから、もう数ヶ月になるが。少女は水を飲みにいったところだ。
(……いつになったら、無理だと思ってくれるのかなあ……)
少女の背中を見送ってから、アラミスは頭をかいた。
まだ5歳の子どもが相手だ。しごくといってもあまり過酷な鍛錬はさせていない。それでも、普通の幼女であれば一日で音を上げるような事を課しているのだが。
(諦めるどころか、楽しそうなんだよな)
最初の数日は、手の痛みを我慢している様子こそあったが、それも段々なくなっていった。その痛みすら、自分からは決して言い出さなかった。
我が娘ながら、恐ろしい子だ。アラミスは一人ごちる。
「あの子、汗だくになって、お水を飲みにきましたよ」
ふいに、柔らかな声が降りる。声の主は、長く伸ばした髪を、陽の光に反射させて、アラミスに近づく。その色は、少女と同じだ。
「どうかしら、ルネの調子は?」
「どうもこうも、いつも通りさ」
「そうですか」
少女の母親は、小さく笑った。その上品な仕草に、アラミスは心を奪われそうになる。
「諦めるまでは教えるって約束してしまったからなあ……私はいつまで、あの子に剣を教えれば良いのだ?」
「ふふ、ずっと続きそうですね」
さも楽しそうに、女性は笑う。
「全く、普段は大人しいのに、一度言い出したら聞かないのだから。誰かさんによく似て、ガンコなのさ」
「まあ。それは、誉め言葉ととっておきます」
腰に手を当て、怒った振りをする。そんな妻の様子に、微笑みが漏れた。

ゆっくりすすむ風の流れに沿って、小鳥が数羽飛び立った。夫婦の頭上をあっという間に通り過ぎていく。
「でも、あなたも、結構楽しそうですよ」
「えっ!?」
予想外の指摘に、アラミスはきょとんとする。
「あの子、少しずつだけど、最初の時よりは剣の腕がついてきているのでしょう。誰よりもあなたが、それを一番喜んでいるみたいですよ」
「……」
まさしく、図星だった。先ほども、少女の学習能力の高さに、舌を巻いていたのだから。
自分でも知らぬ間に、娘の成長を嬉しく感じていた。心の片隅にあった感情が、妻の言葉で表に引っ張り出された。
にこにこと笑いながら、妻は続ける。
「良いじゃないですか。あの子の人生です。剣は、ちょっと危ないかもしれないけど。でも、私は、好きにさせてあげたいと思っているわ」
母娘そろって、こうなのだ。もはや少女を止めようとするものなど、誰もいないと、アラミスは思っていた。以前は乳母も反対していたが、それも最近は諦めてしまっているようであった。
「……そうだな、とことん付き合ってやるか」
将来、役に立つとは思えないけど。そう、内心で付け足して、アラミスはいつの間にか戻ってきていた少女に視線を向ける。
先ほどよりは息も落ち着いていたが、頬の赤みはほんのりと残っている。少女は、父から剣を受け取り、彼らから距離を置く。
そうして剣を繰り出す前に、母親が尋ねる。
「調子はどう?上手になった?」
「ええ。けんをつかうのって、とってもたのしいわ」
穏やかに微笑む母に、娘は元気な声で続ける。
「わたし、けんじゅつ、だいすき!」
光のように笑ってから、再び、素早く剣を繰り出し始めた。

「だいすき、ですって」
笑いを堪えながら、小声でささやく妻。その茶目っ気溢れる表情に、アラミスは苦笑いした。
「こりゃあ……一生続けるかもしれないな。剣と結婚するんじゃないか」
我が娘ながら、恐ろしい子だよ。アラミスは、再び頭をかく。

少女はやはり、そんな父の思惑など知らず、ただひたすらに、のびのびと、剣を振るい続けていた。
両親の、優しいまなざしに見守られながら。



すごく長い後書き (主に二次設定について)

この話のルネちゃんは、アニメディアふろく「私の秘密SCRAPBOOK」のアラミス編にある、
・アラミスは少女時代から剣術が大好きでトレーニングをしていた
・アラミスは少女時代は可憐な女の子だったが、その反面負けん気が強いところもあった
というところから考えた話です。半オフィシャル設定のような内容??でした。
いくつの頃からトレーニングをしていたのかは分かりませんが、「少女時代から」という表記がありまして。
幼すぎるかなとも思いつつ、5歳と設定しました。卓球の福原愛選手とか、かなり小さい頃からされていたので…将来剣術師範を務める事になるルネちゃんも、うんと小さい頃から頑張っていてほしいなあと思いまして。とはいえまだ5歳なので、本当に基礎の基礎の基礎というところからやっていたんだと思います。
そういう考えから私の書く話のルネは、「小さい頃から剣術(と馬術)を習っていた」という事が前提になっています。その前提について、以前書いた小説を読み返したら、『熱病』や、『少女を囲むは黄昏と』でも書いてました。自分が思っていた以上にいろんなところ(話)で語ってて、我ながらびっくりでした(笑)。
あ、あと"強情娘"とか"ガンコ"というのは、アニメ雑誌でアラミス(ルネ)に対してそういう記載があったからです(笑)。読み直しもやってます。

この話の"アラミス"は、アニ三本編に登場するあの男装の麗人かと思わせて、実はルネちゃんのお父さんでしたー、っていうのをやってみたくて書きました。
が、もう最初からバレバレだったでしょうか、もしくは途中で「意味分からん」と見捨てられてないでしょうか(弱気)。
そもそも、アラミスという名前が、ファーストネームなのか何なのか???ですが、アニメ三銃士劇場版のナレーションで
『(男装して)名前も、(ルネから)アラミスと改めて』
と言われていたので、「そういう感じに改めた…って事は、取り敢えず"アニメ三銃士の<アラミス>という名前はファーストネームである"と解釈しよう」と考えました。(この時点でかなり無理やり)
で、ルネは何故「アラミス」と名乗ったのか。完全なるマイ二次設定ですが、それはお父さんの名前を使ったんじゃないかな、と考えています。
何故お父さんの名前にしたのかと言ったら、大好きな人というのもあるけれど、剣術や馬術を教えてくれたから&お父さんが銃士になりたかったから、という理由で私は考えています。その辺の下りは、『押し込める決意』でもちょろっと書いています。
要約すると、ルネちゃんが剣大好きになったきっかけは、お父さんが大好きだからだよー、という話です。

お父さんが銃士になれなかった理由は…ハッキリとは考えられていませんが、ルネちゃんが幼い頃にご両親が亡くなっているという事なので、体が悪かった?流行り病?と考えています。これはまた変わるかもです…。
もちろん、ルネがが銃士になった一番の理由は、フランソワ殺害の情報を得るのにベストの部隊だったから、という事だと思いますし、あのままフランソワと結婚できていたら、ルネは銃士志願をしていなかったとも思っています。
ちびルネちゃんがお父さんの代わりに銃士を志望した、そして実際に銃士になれた…っていうのは、偶然繋がったんだよー…という事です。結果的に、意志を継ぐ形になれたね!というか…。
…ってつらつら書いた設定云々を、文中で表現できれば良かったんですけどね!(涙)

お父さんは、ちょっと抜けてるところもあるけど気の良いお人。お母さんは穏やかで優しいけれど、強情でガンコなところもあるお方、という風に考えました。仲良し夫婦&仲良し親子を書いたつもりです。しかしお父さん、やる事が片っ端から裏目に出てますね、気持ち良い位(笑)。あと、娘にメロメロ(笑)。

オフィシャル設定はそのままに、空白の部分にマイ設定をぶちこんだ、という感じにしたつもりです。(他の二次小説と変わりないと言えばそうですが…)
私としては、とっても楽しく書けました。いびつとはいえ、マイ設定を形に出来て、嬉しく思っています。

そんなマイ設定炸裂の話を読んで下さった上、パノラマラウンジ最長の後書きまでお読み下さり、本当にありがとうございました!