熱病


空は澄み、陽は高く昇っている。草木は青く茂り、太陽へ向かって背伸びを続けていた。
林の中。木々の間を、この者達の間を、優しい風が通り抜けていく。
「でやあああっ!」
心地よい剣の音と、少女の怒声が混じり、辺りに響いていた。
初老の男は娘の気迫にやや押されつつ、上下左右からくる少女の剣の嵐を受けている。少女はだが右手でしっかりと剣を握り、初老の男に襲い掛かる。
「あっ」
少女は草に足を取られ、バランスを崩しかけた。重力に導かれるまま、左手を地面についてしまう。
これを初老の男が見逃す道理はなかった。彼は静かに、しかし素早く少女に切りかかる。少女の頭に、剣が近づく。
その時、体勢を崩した少女が顔を上げた。瞳に力が宿る。
「!」
「ええいっ!」
剣同士のぶつかる音が辺りに響いた。力が宿った少女の瞳に臆したのか、男の動きが瞬間まごついた。
すぐ後に、少女は右手に握りしめていた剣を、男の右側から上へ向けてかざす。予期せぬ事態に対応しきれず、男は少女の剣によって、己のそれをはじかれてしまった。
男の剣は彼の手を離れると、彼の遥か後方の草の中へ埋もれた。
男が剣を目で追ったしまったわずかな隙に、少女は素早く立ち上がり、彼の喉元に自身の剣を当てる。
肩が上下しており、息が上がっている。
「わたしの、勝ち?」
「参りました、お嬢様」
男は言いながら、両の手を上げた。「降参」を表している。
「やった……」
言いながら、美しい容姿を持つこの少女は、ゆっくりと剣を下げた。
「お嬢様…また一段と、腕をあげましたな……」
「ありがとう、ペドロ」
息は上がり、彼女の白い頬は赤く染まっている。全身がぽかぽかと火照っている。
ペドロと呼ばれた初老の男は、言葉を繋げた。
「……あの方を想い、涙にくれていたころのお嬢様とは、別人のようです。生きる力が沸いているご様子…といいますか」
優しい風は今も流れている。少女はペドロから視線を逸らし、静かに話した。拭われない汗は流れるままだ。
「……こうして、体を動かしている方が、気持ちも落ち着いてくるの。
あの人の事を忘れるなんて出来ないけれど……いつまでも、落ち込んでばかりはいられないわ」
「お嬢様、お強いですね」
「そうかしら」
少女はひかる金の髪を揺らし、にこりと笑った。
「今日は、このぐらいにしましょう。付き合ってくれてありがとう、ペドロ」
少女は答えてから、ペドロに背を向けた。息はだいぶ整っている。
「……先に、戻っていて。私もすぐに帰るわ」
「かしこまりました」

優しい風は、さわさわとゆっくり流れている。茂みが奏でる、馬の足音。それは段々遠くなっていく。
「落ち込んでばかりは、いられないのよ」
先ほどペドロに言った言葉。もう一度、天に向かって呟く。
木々の間からこぼれる光たち。それは彼女にとって、これからの希望にも思えた。

静かな世界は、今日まででおわり。明日からは、新境地へ飛び込むのだ。
この優しい風も、今日ここまでなのだろう。
心から愛する許婚と初めて出会ったこの場所で、旅立ちに向け、少女の決意は固まる。静かに、だが確固たる強さを持って。
出会ったこと、あの人の笑顔、あの人の書いた手紙、あの人と愛を確かめ合ったこと―少女は、静かな世界で、これまでの事に想いを巡らせていた。


「見ていて下さい、フランソワ」
少女は静かに微笑み、愛馬に跨る。今の少女が想い巡らせるのは、これからの事。明日からの事。未来の事。
止まらない、優しい風を受け、少女は馬を走らせていった。

ルネちゃん家出前日話でした。マイ設定出まくりです。
アニメ○ィア付録のアラミスページで、『子供の頃から系統だって学んだフェンシングの腕前が〜〜』と、ルネちゃんは"子どもの頃から剣をやっていたお転婆さん"なる記載がありまして。(公式設定ではないと思います。半公式設定?)
それを読んでから、私的設定のルネは「少女時代より剣を使えていた」という事になっています。銃士隊に入隊してから、更に腕が上がったと考えてます。
パリへ行く前に、もっともっと鍛えておこうと頑張るルネを書きたかったのです。あと、オリキャラのペドロおじさんはルネちゃん家に仕えていて、剣が使えて、優しい人です。
タイトルは、フィーリング…で…付けました。仇討ちに熱を燃やし、そりゃあ病的に復讐に心血を注ごうと思う…みたい…な……。  (2010/5/8)