少女を囲むは黄昏と



西日が照りつける中、青年達の声が大きくなり、鉄のぶつかる音がいくつもいくつも鳴る。それは人だかりの外にいる、アラミスの耳にも届いていた。
詳しくは見えなかったが、渦中の男たちは真剣勝負を始めていた事が分かった。もっとも、人だかりの合間でチラチラと見える二人からは時折笑みがこぼれており、また囲む彼らの雰囲気は、本気の喧嘩ではない様子を表していた。
自身の馬の背に手を乗せたまま、アラミスは少し驚いていた。血気盛んな青年の集う銃士隊ではこういう事が普通なのだなと、彼女は一人考えていた。
しばらく経ってから歓声が一瞬大きくなり、その後、中央の男が両手を挙げていた。「参ったな」と言わんばかりの表情で、降参を現している。対峙していた男性は、満足気に笑っていた。
「ああいう事は時々あるのだ」
彼女の後ろから、重みと威厳を帯びた低い声。声の主はアラミスに近付き、続けた。
「どうだ、お前もやってみるか?」
「え」
思ってもみなかった言葉にアラミスは目を丸くする。
昔から系統だって学んだ剣の腕には、アラミスも自信があった。その辺りにいるような剣使い程度であれば、負ける事は無いと自負している。
だが、今トレビルが言った相手は、国王陛下の銃士隊員だ。故郷を出る前は、それまでの数倍以上剣の稽古を積んできたが、それでも精鋭部隊の男が相手となれば彼女が躊躇してしまうのは無理もない事であった。
「……」
少しだけ、アラミスは考える。
どの道、恋人の仇や、フィリップをさらった賊に立ち向かっていくつもりなのだ。それに、銃士になる上で、自分の実力が通用するのかどうか、試してみたい気持ちもある。むしろ、トレビルもそこを考えて、勧めたのかもしれない。
「やってみます」
考えがまとまった挑戦者は、はっきりとトレビルに告げた。


剣が地面に叩き落され、土ぼこりに包まれた。
茶髪の男は、落ちた剣に視線を送ろうとする。しかしそんな彼の目の前に、切っ先が突きつけられた。凛とした表情の相手は、彼を静かに睨んでいる。
落ちた剣と、右腕の痛み。彼は自分が敗北したという事を、ここでようやく悟ったのだった。
それまで、というトレビルの声がしてから、剣は男から離れた。少年は力を抜き、敗者に礼をする。
「なんだ、あいつ」
「あんなに可愛い顔をして……」

勝負に敗れた銃士は、先ほど満足気に笑っていた勝者であり、銃士隊の中でも一目置かれている剣の使い手だ。その男が、どこの馬の骨とも知らない、女にしたようなきれいな顔の少年にあっさりと敗れてしまったため、どよめきが起こるのはごく自然であった。ある者は感嘆の声をもらし、ある者はただ声も出せずに驚いている。
まぐれ、にしては信じられないほど、鮮やかな剣さばき。
「次、誰かこいつの相手をする者は?」
「自分が!」
トレビルが言い終わらない内に真っ先に名乗り出た男。精悍な顔つきをした彼も、先に敗れた銃士に引けをとらない、剣の使い手であった。
アラミスの方は、一度勝った事に安堵する暇も与えられなかった。すぐに呼吸を整え、次の男と向き合う。
礼を交わした後、男は彼女に向かってゆっくりと剣を向ける。アラミスも、同じぐらいゆっくりと剣を向け、彼のそれに重ねた。
「始め!」
トレビルの声を聞いてすぐ、男はアラミスに剣を繰り出す。アラミスはそれを右側へ交わし、剣を受ける。
そう思うや否やすぐに剣を離し、男との間合いを詰め、左側から斬りかかる。しかし、彼もすぐに対処し、彼女の豪剣を受ける。
「!」
アラミスは押し出すように剣に力をこめる。予想外の少年の力に、彼は驚きながらも押し返す。やはり、この小柄な少年より、青年銃士のほうが力は強い。
後ろへ飛ぶように離れ、アラミスは間合いを置く。それからすぐに、攻撃を繰り出した。左、右、右、左、右。不規則な攻撃は速さを増していき、気付けば銃士の方は防御するばかりとなっている。
「うあっ」
ついに彼は耐え切れなくなり、柄を持つ力を緩めてしまう。すぐに剣は彼の元を離れ、数メートル先の地面に叩きつけられた。
「それまで!」
敗れた男は汗を拭おうとしたが、右手が思いの他痺れてしまっていた。仕方なく左手で額の汗を拭い、アラミスと向き合う。
礼をし、顔を上げたアラミスは、先ほどまでと異なり、すがすがしい笑みをたたえていた。決して負かした相手を見下す訳ではなく、かと言って自分におごっている様子もない。
「……本当かよ」
「信じられん。俺じゃあ、敵わないな」
剣の使い手に二勝した様を目の当たりにし、彼らはアラミスの勝利がまぐれなどではないという事を思い知らされていた。青年達の注目を一身に浴びながら、アラミスは静かに剣を納める。
「次。誰かおるか?」
彼らとは対照的に、全く動じない声で、トレビルが続ける。
少し、間をおいてから、名乗り出る声がした。

(強い!)
剣を重ねた途端、雷のような衝撃が手から脳へ伝わる。まだ勝負は始まっていないが、目の前の男はこれまでの相手とは格が全く違うという事を、アラミスは感じていた。
彼女は口元を結び、しっかりと相手を見据える。鼓動が早くなり、気持ちがどんどん高ぶっていく。
「始め!」
男は体に似合わず素早い動きで、アラミスに襲い掛かってきた。最初の攻撃を受けてすぐ、アラミスは剣を両手で持つ。素早さは予想外であったが、押してくる力の強さは彼女の想像通りであった。
「……っ」
剣を受けながら、彼女は考えを訂正する。想像通りどころか、想像を超えた力が剣にこもっている。このままでは自分の剣が折れてしまうのではないかとすら、アラミスは思った。
「ぐっ!」
ほんの一瞬の隙をつき、アラミスは体を屈めた。誰もいないところへ自分の力が逃げていき、男は僅かに体幹のバランスを崩す。その間にアラミスは体を移動させ、立ち上がる。男の後方へ回り込んだ彼女は、後ろから彼を襲う。しかし彼も、すぐに敵の方を振り返る。
鉄の音が、甲高く響いた。


アラミスは、パリで初めての夕焼け空を目にしていた。彼女がパリに着いたのは昨日の事であったが、雨が降っていたために拝めなかったのだ。
故郷で見る夕暮れは、草原と山々が落ちゆく陽に染まっていき、とても美しかった。しかしパリでは建物が多いために、美しい夕暮れは期待できないだろうとアラミスは思っていたが、その建物の合間からこぼれる光の群れに見とれていた。パリの夕焼けもこれはこれで美しいものであると、アラミスは自身の偏見を捨てた。
不意に、世話をしていた馬が鼻をならした。ついさっき食事をあげたばかりなのに、とアラミスは茶目っ気を含んで笑い、馬の頭をぐいぐいと撫でる。撫でるというよりこする、という動きで。
「よう!ご苦労さん」
馬から手を離してアラミスが振り返ると、手合わせをした銃士ともう一人。
「さっきは、どうも」
アラミスは、帽子を取って一礼した。
「いや、俺の方こそ。久しぶりに、骨のある相手とやれて、楽しかったな」
「入隊して早々、このポルトスと引き分けるとは、驚いた。いや、入隊は明日からだったか」
ポルトス、と呼ばれた男の隣にいる銃士が、感服したという様子で涼しく笑う。そう言えば手合わせの途中で、この銃士がトレビルとずっと話していた事を、アラミスは思い出していた。先輩から賞賛の言葉を受け、「恐れいります」と返しながら、アラミスは微笑む。
ポルトスとの手合わせは数分間行われたが決着はつかず、トレビルの判断で引き分けという事になった。相手は先の二人よりも強い、銃士隊きっての剣の使い手であったと、勝負の後にアラミスは知った。その相手との引き分け。そして、先の二勝。勝負後に自然に拍手が沸き起こり、銃士隊員らは少年の健闘を称えた。
そして彼らはトレビルの口から、明日よりこのアラミスが入隊するという事を知らされたのであった。
明日からの入隊、であったが、アラミスは早速馬の世話を言いつけられていた。もっとも、終業の時間になったら切り上げて良いとの事ではあったが。
「ええと……君……」
「アラミス、といったな」
うっかりアラミスの名前を忘れてしまい、円を描くように人差し指を動かしながら戸惑っているポルトスの言葉を、隣の銃士が補う。
「そうそう、アラミスだ。どうだアラミス、この後、決着を付けに行かないか?」
悪戯っぽく笑うポルトスを見て、アラミスは首をかしげる。
「と、おっしゃいますと……」
「いや、何、こっちの事だ」
言い終えて、もう一人の銃士がグラスを傾けるような仕草を見せる。
「あ……」
アラミスは思わず笑みが零れた。そういう事かと納得し、にやにや笑う二人の顔を見比べる。
(きっと、こちらの方も実力高い剣豪なのでしょう。だったら、こういう人達と仲良くしておいた方が、これから銃士隊にも居やすそうだし……)
「はい、是非」
思惑を悟られないよう、アラミスは嬉しそうに答えた。


酒の匂いがこもる店内の一角で、三人はテーブルを囲んでいた。
話の中で、アトスと名乗ったもう一人の銃士も、若いながら剣の名手である事が分かった。手袋が外されて露になったその手からも、アラミスは彼の強さを感じ取れた。
運ばれてきた料理を、ポルトスは次々と口へ放り込んでいく。そんな彼に、アラミスは少し茫然としていた。
「どうした、アラミス?ああ、今日は歓迎会だ。代金は、我々のおごりだからな」
アラミスが食事代金を気にしているのではないかと思ったアトスが、優しく声をかける。それほど、ポルトスの食べ方は豪快であって。
「いや、その……ポルトスさん、よく、食べますね……」
「んっ、ああいす。ああうういうああうおおあ」
「あの、何と言っているのですか?」
アラミスは苦笑いし、そんなアラミスを見たアトスは目を伏せて笑う。ポルトスはワインを飲み、食べ物を流し込んでから、一息ついて、はっきりと話しだす。
「アラミス、堅苦しく話すことはないぞ。俺たちはもう友達だ、くだけて話してくれないか」
「そうとも、ポルトスの言う通りだ」
「うん……」
剣の腕が立つと、こうもすんなり迎えてくれるものなのかと、彼女は内心、剣を握らせてくれた亡き父に感謝し、猛訓練を積んできた自分を大いに褒めた。
「いや、アラミス。俺はただ食欲を満たすために食っているのではないぞ。食べられるという楽しみを与えてくれた神に感謝して、一つ一つ味わっているのだ」
「えっ」
アラミスは、口元を押さえて笑いを隠す。もちろんそれは隠しきれてなどおらず、ポルトスはポカン、という表情を作る。
「あれが、一つ一つ感謝して味わうって言う食べ方だって!?どこが……」
「お前のような素人には分かるまいて。俺にとって食べるという事は」
「素人も玄人もあるか。大体、神の事なんて完全に忘れて食べてたろ、ポルトス」
手合わせをした時のような気迫はどこへやら、困惑した様子のポルトス。そんな彼の言葉を遮り、真剣な顔で言い張るアラミス。彼らを見て、アトスは大きく笑い出した。
「アラミス、お前は面白いな」
「僕が?」
"ルネ"だったころ、面白いなどと言われた事は一度もなかったアラミスは、目を見開いた。
「ポルトスの食欲に歯止めをかけるのも、お前ならできるかもしれんな。俺ではとても」
片目を瞑ってみせるアトスの方を向き、やはりアラミスは真剣に答えた。
「アトス、僕だって無理だ。君も見たろ、さっきの、味も何もあったもんじゃない、どんどん放り込まれていく食べ物の惨劇を」
「惨劇とは、言ってくれるな……」
それでも返す言葉がないのか、ポルトスはやはり困ったまま。しかし、その表情のまま、彼は骨付きの肉をかじり出す。一口、二口、三口。
その様子を見て、アトスとアラミスは顔を見合わせ、再び笑い出す。つられて、ポルトスも肉を口に含んだまま笑ってしまうのだった。


自分の実力は銃士隊において不足ではなかった事、更に腕の立つ銃士二人と、親しくなれそうという事もあり、アラミスは少し安心していた。
明日もきっと晴れるだろう。どんな顔で出勤しようか。この二人の初出勤はどうだったのか、後で聞いてみよう。アラミスはグラスに手を伸ばしながら、そんな事を考えていた。

温かい料理と銃士達の笑いは、まだまだ冷める様子を見せない。



長い後書き
アラミス・ミーツ・アトス&ポルトスでした。 アトス&ポルトスはお強いアラミスに関心が高かったんだろうなと思って誘わせました。
私は、アニメディアにあった『アラミスは少女時代から剣を使えていた設定』を前提としているので、アラミスは入隊当初から相当お強かったと思っています。(その辺は別の話・『熱病』でも書きました) 剣を交えたり、手を見ただけで相手の強さが分かっちゃうスーパーお嬢様です。(でも、一人目の銃士さんの実力が先に分からなかったのは、人だかりで戦いの様子がよく見えなかったからです…。)
それと、<心の底から友達になりたいと思ってこの二人と親しくなった訳じゃないアラミス>を書いたつもりです。打算的というか、「個人的な付き合いはどっちでも良いけど、でもこの二人強そうだからお近付きになっといた方が色々と良いよなー」みたいな。でもあくまで表面上は、『心の友になりたいです貴方たちと一緒にいて楽しいですー』っていう新米スタイルを貫いている、みたいな。 アラミスが二人に対し本当に心を開けるのは、まあ、あの、段々と…とか……。
数日前までお嬢さんだったので、アラミスのモノローグは敢えて、少し女の子っぽくしてみました。 アラミス、明日の出勤がんばれー! (2010.10.11)

もう一軒行くぞー!

◇素敵ないただきもの!画像クリックでもっと大きく見れます(別窓)◇

LOTECのりささんから、とっても可愛い三銃士イラストを頂戴しました。
この話の「その後」を想像し、描いて下さったとの事です。まだパリに出たばっかりのお嬢さんは、この二人の飲酒についていけないだろー!という(笑)。先輩方はこの後、解放してくれたのか、それともハシゴしたのか!?
ぐったりなアラミスと、軽々担いでスタスタ歩くスマイルポルトスが可愛いです!そして酒瓶持ってまだまだ呑む気のアトスもイイですっ!
アラミス、明日の出勤がんばれー!初出勤がんばれー!

りささん、ありがとうございました。りささんのサイトはこちらから!
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