砂糖の香りに乗せる気持ちは


「やあ、お疲れさん」
太陽が傾いて、終業を知らせる鐘がパリ中に響き渡る。それはここ、トレビル邸にもしっかりと届いていた。
そろそろ仕事を終え、この前できたばかりの酒場にでも行ってみようか。ポルトスがそんな事を考えていた時、開いたドアから明るい声が彼を訪れた。

「アラミス?」
「焼き菓子を持ってきた。少しいいかな?」
「差し入れか?」
「そんなとこだ」
楽しそうな笑みを湛えたアラミスは、ゆっくりと腰を下ろした。
「なんだ、どうしたんだ。今日休みだったんだろ。先に言ってくれたら、お前の家へ行ったのに」
不思議そうに、ポルトスも正面に座った。椅子のきしむ音がした。
部屋には、ただ二人。
アラミスは、青い袋をテーブルの上に置いた。置いた途端、甘い香りがテーブルから広がる。
「お。良い匂いじゃないか。クッキーか?」
「ショコラとバターだよ」
アラミスが答えるより早く、ポルトスは包みを開けにかかった。
包みを開くと、甘い香りは更に強まった。部屋中に広がる焼き菓子の匂いに、彼の食欲もそそられる。
そこには、まん丸に焼かれたクッキーがいくつか。形は大きいものと小さいものとバラバラだが、一つ一つはきれいにまとまっており、よく焼きあがっている。焼き立てなのか、僅かながら温かみを持っている。
「こいつはうまそうだ」
「一緒に食べようか」
ポルトスはショコラのクッキーを手に取った。彼の手より一回り大きいぐらいだ。アラミスも、彼と同じショコラを手にした。大きさは、ポルトスのものよりもずっと小さかったが。
「うん、これはうまいぞ」
「そうだろう」
「どうしたんだ?」
口に菓子を含み、もごもごさせながらポルトスが尋ねる。
「僕が作ってきたのさ」
「えっ」
言うなり、ポルトスは咳き込んだ。菓子を喉に詰まらせたらしい。呼吸を再開させんとばかりに、ドンドンと、大きな手で大きな胸を叩く。
「おい。しっかりしろよ」
アラミスは立ち上がり、素早く水を用意する。それから、ポルトスの後ろ側に回り込んだ。彼の大きな背中を、一発強く叩いてやる。
「んがっ」
「どうだ?」
「……少し落ち着いてきたかな。ふーっ。しかし、効いたぜ、まったく」
どうにか飲み込めたポルトスは、いたずら小僧のような瞳を後ろにいるアラミスに向ける。二人の視線が重なった時、アラミスの口から言葉がこぼれた。
「ポルトス、ありがとう」
「ん?」
言ってから、アラミスは、ポルトスの隣の椅子に座った。
瞳はしっかりと、大柄な親友を見据えたままだ。
「僕のこと、許してくれたろ?銃士隊長になった時の……」
「ん、ああ、なんだ、その事か」
天井を見ながら考えていたポルトスは、"銃士隊長"の言葉を聞くと納得できたようであった。アラミスの言葉を遮って、拍子抜けした声を出す。
「バタバタしてしまって、結局ちゃんと言えてなかったからな」
「まったくだ、言われるまで忘れちまってたよ」
ポルトスは、目を細めて笑った。そして、続ける。
「『許すも許さないもない、ぼくらは友だちじゃないか』……そうだろ?」
以前アラミスが、ダルタニャンに向けた言葉だ。ポルトスは、舞台役者のような調子で、大げさに言ってのける。それを聞いたアラミスは、思わず吹き出しそうになるのをこらえた。
他にも、謝罪と感謝の言葉を考えてきていた。が、彼の笑顔を見て、そんなものは必要ないことを彼女は悟った。十分伝わっている、分かってくれていると。
これで、いいんだ。そう思ったアラミスはふわり、風のように笑った。そんなポルトスの大きな気持ちが嬉しい。嬉しい。
「……なんだか、お前とこういう話をするのって、照れくさいな」
「まったくだ」

ポルトスは水を喉に流し込んだ。その最中も、隣にいる親友から視線を感じている。早く食べてほしいのだろうか。
「さっきは何であんなにムセこんだんだ?」
ああ、そういう事か。ポルトスはまた一つ、菓子を手に取り、口の中へ放り込んだ。ボリボリと音を立てながら答える。
「お前がこんな可愛らしい菓子を作れたんだな、と思って、びっくりしてしまった」
「意外かい?」
「ああ。長い付き合いだけど」
そこで一旦言葉をとめて、ポルトスはクッキーを飲みこんだ。同時に、もう一つ、大きいものを手に取る。それから続けた。
「お前に関しては時々分からないこともある。だからこれからも、意外な一面がいろいろ出てくるだろうな。それが、楽しみでもある」
言い終えてから、三つ目を口に放り込む。
「お前のその胃袋の方が、僕には分からないぞ」
「言ってくれるな。それじゃあ、これから一緒にどうだ?最近できたばかりの店があるんだ」
「ああ……あの橋の先にできたところか?」
クッキーは始めと比べて半分以上減っている。アラミスは包みを閉じながら、立ち上がった。一緒に行くつもりのようだ。
閉じた包みを、ポルトスに手渡す。包みを受け取ったポルトスは、扉へ向かい歩いた。そして、その前で振り返った。
顔の位置で包みを揺らし、ニッと笑って話す。
「続きは、あとでゆっくり食べさせてもらおうかな。ありがとうよ」
それを聞いたアラミスは、肩をすくめて小さく笑い、扉へ向かった。


甘い香りをほんのり残したまま、二人は部屋を後にした。
太陽は、先ほどよりも西へ傾き、沈んでいる。しかし、二人の時間はまだ終わらない。これからも、この先も。


後書き
時系列としては、TV最終回の数日後です。「藍色の君に手渡すものは」の直後・次の日ぐらい…のつもりで書きました。でも、本文でそれを匂わすような事は書いておりませんし、単品扱いでも全然オッケーなのです。
「藍色」は、アトスへのありがとう話で、こちらはポルトスへのありがとう話でした。アラミス感謝祭り。全体的に、藍色ではドキドキするアラミス・砂糖話では楽しそうなアラミス、という雰囲気にしてみました。だからか、この話ではやたら笑ってますね彼女。
二人の喋り方とか、『あのアニ三本編のあの楽しげなあの感じを再現したい!』『あのおっとりボケポルトスと、にっこり冷静ツッコミアラミスを!』と思いながら書きました。(でも読み返すと、ラブラブなカップルっぽい気も……ポルアラマジック??)
「許すも許さないも〜」は、自分が好きなセリフなので入れてみました。アラミス良い事言うなあ。

藍色の後書きで「ポルトスにも何か食べ物を」と書いたので、クッキーを持っていかせました。
ルネの得意料理であるオムレツも良いなと思ったのですが、差し入れがオムレツって……いやいや、ポルトスだったらありだったかもですね。 (2010/05/24)