一つの夜明け


そのぼやけた視界に飛びこんできたのは、まず、天井。そして、一人の男性であった。
(……この人は……確か……)
忘れるはずがない。半年前から、自分を診てくれている先生だ。でも、何故、先生がここに?彼女がその疑問を口にしようとした時、自分の名前を呼ぶ声がした。
よく知っている、優しい声。そこには、驚きと明るさがあった。
少女は、声のした方を振り向いた。動かした際に頭に痛みが走り、思わず顔をしかめる。
「大丈夫か、無理をするんじゃない」
「お父さん」
心配そうに、けれども嬉しさの溢れる声で、父は続けた。
「良かった、良かったよ、コンスタンス」
「いやあ、良かった。どうなる事かと思った」
「先生、ありがとうございます」
父親と医師の会話を耳にしながら、彼女はある事に気が付いていた。
先ほど、視界に飛び込んできた天井。そして、部屋中をゆっくりと見回す。天窓からは、僅かに明るさがその姿を覗かせていた。夜明けが近いのだろう。
部屋中をじっくりと見てから、少女は父の方に視線を戻した。
「……お父さん」
「どうした、コンスタンス。頭が痛むのかい?」
「ううん、そうじゃないの」
そう言って、コンスタンスは体を起こす。少しふらつくその背を、ボナシューは支えようとする。
「大丈夫よ。ねえ、お父さん」
「何だい?」
そう言ってから、もう一度。コンスタンスは部屋を見渡す。
「ここ……私の部屋、だったわよね」
「ん?」
言葉にしたことで、それは自信を帯び、強さを抱く。コンスタンスの口調は、いっそうはっきりとしていった。
一方、ボナシューは言いようのない感情を抱き、娘の言葉を待った。それは期待に近いだろうか。娘の口調が、そう思わせていた。
「私が王宮に仕えるようになるまで、いた部屋よね、ここ。
お父さんと肖像画を描いてもらったのも、この部屋だったわ。あれは、私が6歳ぐらいの時だったかしら」
「コ、コンスタンス!」
父の様子から、コンスタンスの自信は確信に変わる。彼女は、痛む頭を気にもせず、しっかりと頷く。
弾かれたように、父は娘を抱きしめていた。娘もまた、その背に腕を伸ばす。
そこにある暖かさと父の匂いは、彼女の思い出にしっかりと、繋がっていた。ずっと昔から知っている、大好きなぬくもりは。
「私、分かったの。ここが私の家なのね」
「そうとも、そうだとも」
この腕の中に、娘が。あの優しい娘が、帰ってきた。ついに、帰ってきたのだ。ボナシューは娘から離れ、安堵のため息を吐いた。
「ここが、お前の家だよ。コンスタンス」
お前の家。ボナシューの言葉に、コンスタンスは胸がいっぱいになっていた。

「気分は、悪くないかね?」
「大丈夫です、すっきりしている位です。ありがとうございます」
父の横で笑っている医師にも、コンスタンスは喜びをぶつけて応じた。彼女の答えを受け、医師も安心した様子を見せる。
「これだけしっかりしていれば、もう、大丈夫でしょう」
「すぐに、ダルタニャン達を呼んできてやろう……ああ、だが、さっき下に行った時にはいなかったなあ。近くを歩いてくるようだと、マルトが言っていたが」
ボナシューが話し終えるや否や、それまでずっと大人しくしていたコピーが、コンスタンスの元に飛んできた。
昔は憎らしいと思った事もあった。しかし、自分の右腕の上で、瞳をパチパチとさせながら佇むこのオウムは、今や愛らしい存在だ。その仕草は、瞳は、まるで自分の事を祝福してくれているようだと、コンスタンスは感じていた。
いいえ、コピーならきっと、そう思ってくれているに違いないわ。頬の綻んだコンスタンスは、コピーをじっと見つめ、お願いをした。
「コピー、ダルタニャン達を呼んできて!」
甲高く鳴くと、コピーは天窓から飛び出していった。こぼれた羽が、ひらり、待っている。外の世界は、ほんのりと明るみを増していた。
コピーが去ってから、医師はドアに向かう。一睡もせず診療を行っていた彼は、疲れの色を見せてはいたものの、表情は晴れやかであった。
「娘さんについてあげてて下さい。私が、あの召使いの人を呼んできますよ。彼女も、ひどく心配していたようでしたから」
優しい笑みを残し、医師は階下へ降りていった。

「お父さん……私、やっと、思い出せたの。帰ってこれたの。
心配かけてごめんなさい……ただいま」
「ああ」
少し照れながら紡がれたそれは、父の胸に響く。ボナシューもまた、躍動する嬉しさをかみしめていた。短く、そして長い時を取り戻した親子は、顔を見合わせて微笑む。
吉報を聞いたマルトが、喜び勇んで部屋に飛び込んでくるのは、このすぐ後の事であった。


後書き
コンスタンスが意識&記憶を取り戻した直後、コンスタンスとボナシューはどんなやりとりをしていたのかな、という疑問から考えた話です。
"NHKだし、ハッピー万歳だ思考"(←今考えました)により、とにかく仲良し!信頼!の親子を書きました。肖像画のエピソードはアニメディアふろくからもらいました。
若干先生が空気だったかもです…すみません先生。そして、問診をちょっとした位で「もう、大丈夫でしょう」とか言っちゃって良いんですか先生。
あと、このシーン付近で何故かマルトの出番が全然無かったので、階下で仮眠を取ってから朝食の支度をしていたのかな…と想像しています。先生が呼びに行った時&ダルとジャンが戻ってきた時は支度中だったという事で…。 (2011.7.20)