願い


怒ったコンスタンスは、足早に去っていってしまった。想い人に思い切り頬を叩かれたダルタニャンは、遠くなっていく彼女の背中に向けて情けない声を出す。
アラミスはそれがおかしくて、ついこの可愛い後輩をからかってしまう。それは、負傷したアトス、ポルトスも同じで。
庭に、三銃士の笑い声が響いていた。
アラミスは笑いながらだが、この後輩と例の彼女はうまくいくのだろうと思っていた。きっと、しっかり者の彼女の尻に敷かれるのだろうと、若き友人の前途を微笑ましく思っていた。


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時にアラミスは、昔の光景を目にしていた。
空にあるのは、くすんだ色の雲。それは厚く、天を覆っている。雷鳴が聞こえ、風が強くなってきていた。
黒い服に身を包んだルネが、ただ墓前で立ち尽くしていた。
土の中で眠る恋人と、初めて会った時の事。彼の館へ押しかけ、もう一度会えないかと話した時の緊張感。二人で過ごした、森の中の時間。会えない日にこそ募っていた、彼への想い。それらの思い出がぐるぐると、頭の中をめぐり続けている。
「どうして、どうしてなの」
力なく呟いた声は、ゆるゆると流されていく。誰にも聞かれる事は無い。
向かい風は勢いを更に増し、彼女に吹き付ける。思い出も呼応して、強く、速く、めぐっていく。
「ダルタニャン、どうしてなの!」
(……ダルタニャン?)
気付けば、墓前に立ち尽くしている女性は、ルネと年の頃は同じであったが、彼女ではなかった。
気丈で、滅多に弱みを見せない女性。ダルタニャンの想い人コンスタンスは、目頭を熱くさせ、肩を震わせていた。
「ダルタニャン!」
コンスタンスは絶望的に彼の名を叫び、墓石にすがり付くように膝を落としてしまった。
強くなった風が、彼女の涙をさらって行く。コンスタンスは、顔を落とし、涙に暮れていた。
(これは……)

アラミスの視界に飛び込んできた天井は、少し滲んでいた。けだるさが全身を包み込み、自分が置かれている状況を思い出すまで、ほんの少しだけ時間がかかった。
(アミアンの宿……ああ、ダルタニャンと逃げてきて……)
そのダルタニャンは部屋にはおらず、宿の外へ出ているようであった。彼の祖母が作ったという秘薬のお陰で、昨日よりは左肩の痛みが少ない。しかし、体温が高くなっており、体中が熱い。
ぼんやりした思考で、アラミスは先ほどの夢を思い出していた。
(今のは、一体?)
夢の途中で、ルネはコンスタンスになっていた。そして、コンスタンスはルネと同じように、墓前で涙に暮れていた。
(……コンスタンスが、私のように……)
そこまで考えて、アラミスはグッと瞳を閉じた。その先の考えを打ち消すように、彼女は全身に力をこめる。そのせいで、左肩の痛みが少しだけ増した。
アラミスはゆっくりと力を抜きながら、瞳を開いていく。
(それは、あってはならない)
つい先日、彼女とダルタニャンの幸せな未来に、思いを馳せたばかりだ。そして、コンスタンスは、ダルタニャンが無事に帰ってくるのを、ひたすら信じて待っているのだ。もちろん、任務の件を案じているという意味もあるだろうが、それだけではなく、純粋に彼の無事を願っているに違いない。
ダルタニャンとて同じである。彼がどんなに彼女に心惹かれているか、アラミスは承知している。そして、任務を成し遂げ、必ずパリのコンスタンスの元へ戻るという決心の強さも。
未来ある若い二人が、自分のようになってはならないと、アラミスは感じていた。
(ダルタニャンは、絶対に守らなくては)
そんなアラミスにもやるべき事がある。彼女は仇討ちという目的があって、銃士隊に入隊した。どんな事をしてでもそれを果たそうと決心してから、5年は経っただろうか。
しかし。
(たとえ仇討ちできない事になったとしても……)
それは当然悔しい。彼女にとっては無念である。
それでも、彼らに自分と同じ道を歩ませてはならないと、アラミスは思った。

左肩を配慮しながら、彼女はゆっくりと起き上がる。汗が数滴、ぽつぽつと布団に落ちていく。
アラミスはしっかりと前を見た。彼女の思考は、もうぼんやりなどしていない。くっきりと、鋭いものに変わっていた。
(あんな思いをするのは、もう私だけで良いのだから)


後書き
アラミス親切スペシャルでした。全体的におとめちっくな気もしますがご容赦下さい…。
この人仇討ちしなきゃならないのに、首飾り編で「飛び降りるぞ!」だの、「もう自分を置いていけ」だの言ってた理由はなんでだろう、と思って書いた話です。
まとめると、ダルタニャンがカワイイから助けるよ!という気持ちからくる自己犠牲的言動祭りだったんじゃないかな、という話です。ダルタニャン、みんなに愛されてるねえ。
私の考えるダル&アラ・アラミス視点はこんな感じです。お姉ちゃんラミさんで。(関係ないですが、『ダルタニャンのお風呂屋さん』でアラミスがダルの事を「この子」って言うのがちょっと好きです。)
タイトルに悩みました……いや毎回なんですが…。シンプルにしてみました。(2010/08/28)

追記(2012/02/04):もうちょっと続く話でしたが、本日、この後の部分をバッサリと切りました。
続きの展開が無理やりすぎ&シメ方も強引かなと思い…それで、(あんな思いをするのは〜)のところで切った方がキリが良いかなと考えたためです。