白の花



「今日は、大切な日だから」
彼はそっと、私の手を掴む。あまりにも優しすぎて、くすぐったい位だった。
そして、隠し持っていたものを、私の手に握らせる。柔らかな感触のそれが何だったのか、すぐには分からなかった。
けれども。
「私にできるのは、これくらいだけど……」
いいえ、それが、嬉しかったの。
こぼれる笑みを彼に見られるのが、なんだか照れくさくて。俯いた私の顔を、彼が覗き込んできたものだから、私の頬は、たちまち熱を帯びてしまう。
ありがとうと、呟くように言った私は、彼の腕の中へ導かれる。
そして、彼は私の耳元でそっと囁くの。「まるで君のように、美しい――」

右手に宿った、優しい香り。それはまるで、彼のような―。


「……」
頭を押さえながら、重い体を起こす。
視界に飛び込んできたのは、ただ、白い部屋。辺りは薄暗く、まだ太陽は姿を現していない事が分かった。
「……」
また、あの夢だった。
手を握ってくれる人がいたころの。
温かく、話しかけてくれる人がいたころの。
私が、笑っていられたころの。
優しい夢はこうして、私に寄り添ってきて、苦しめる。毎年、決まってこの日に。

あの時、彼がそっと掴んだ、私の右手。
それは、こんなにも白い。
この手で、何人も殺した。いくつもの大金を手にした。
それなのに、私の手は、白く、美しいまま。

『私にできるのは、これくらいだけど』

あの時、彼はこの手に。

『私にできるのは』

この手に、何をした?

彼は、この手に。


リシュリュー邸へ向かうには、まだ時間があったけれど、私はベッドから離れた。
髪も、酷く乱れてしまっている。まず、それをどうにかしようと、私は櫛に手を伸ばした。
すると、櫛は高い音を立てて、二つに割れた。
「!?」
片方は私の手の中に残ったまま。もう片方は、床へ導かれていった。私は思わず息を飲んだ。
確かに、少し痛んできていたから、別の櫛と換えようかと思っていたところだったけれど。
もちろん、櫛を手にした時に、力を込めてなどいなかったのに。
不自然に割れた。壊れた。この櫛は。


ああ。
そうだったのね、彼は。

残った櫛のかけらを手に、私は笑った。彼がこの手にかけてくれた、呪いを思って。

『私にできるのは、これくらいだけど』
いいえ、それで充分なのよ。それが、嬉しいの。


私の手を取ってくれる人は、私を包んでくれる人は、もういない。
あの人がかけてくれた、この呪いのために。


後書き
がががっと書きました。ミレディーさんお誕生日おめでとう話でした。でもこれじゃ全然めでたくない!(笑)
時系列は…ペペと出会う前のつもりです。あんまり変わらないかもですが
説明不足ですみません、あの人あの人って言ってたのは、あの駆け落ち修道士さんの事です。
一人称頑張ってみましたが、キャラ違ってないかちょっと心配です。というかミレディーさんの一人称をわたくしめが!自分で書いといてアレですが、恐縮です。(2011.4.23)