雪に踊る

少年は愛馬を駆り、しんしんと雪が降るパリを進む。昼過ぎに降り出した雪は、夕方となった今、数センチ積もっている。
通りは大勢の人が歩いている。恐らく、皆今からミサに向かうのであろう。
彼はゆるやかな速度で進んでいる−とはいえ、12月、夕方のパリはすっかり冷え込んでおり、少年の頬に突き刺さるような刺激を与えている。
ふと、顔を挙げると、目的地である宝石商がもう目の前に近づいていた。ダルタニャンは少しだけ慌てる。
「ここだ、ロシナンテ」
主人の声を受け、馬は歩みを止める。
滑るようにロシナンテの背を離れ、雪の世界に足を下ろした。彼は働き者の背中を、3回優しく撫でる。
「すぐ、来るから」
ぎこちなく告げてから、宝石商の扉に手をかける。遠慮しがちにそれを押した。
店主の声を受け、ドキリとする。慌てて平静を装い、ダルタニャンは店内に入った。却って不自然な動きとなっていたが、幸いなことに店主はそれに気付いていない。
彼は自身を落ち着かせようと、ゆっくりと息を吐き出した。それから、右方向へ歩みを進める。後ろ髪にかかっていた雪が、はらはらと落ちた。
(首飾りは、あの辺りかな……)
こういった店に不慣れな少年は、先をきょろきょろと見渡しながら、歩く。先日の事を思い出しながら。


『コンスタンス、それは……』
トレビル邸より帰宅したダルタニャンが目にしたのは、今まで見たことのないドレスに身を包んだ、愛しい恋人の姿であった。
コンスタンスは振り返り、優しく笑いかける。その笑顔に、ダルタニャンもつられて笑う。それだけで、仕事の疲れが無くなるような気がしたのだった。
『あら、ダルタニャン、お帰りなさい』
『服を新調したのかい!?』
ダルタニャンはにっこりと笑って、少女に近づく。コンスタンスはほんのりと頬を赤らめた。
『ええ。まだ仕立て途中だけれど。試しに着てみたの……どうかしら?』
最後の方で語気が小さくなり、照れた様子を見せたコンスタンス。ダルタニャンは素早く、力強く応じる。
『とっても似合っているよ。また、キレイになったんじゃないか?』
恥ずかしがりもせず、堂々とそんな事を言われたものだから、コンスタンスはますます顔を赤らめてしまう。
ダルタニャンはそんな恋人の反応を、頬を緩ませながら見つめていた。


あの時のコンスタンスの服を、頭の中で描く。基調となる色はこれまでのドレスと同じ緑色だが、以前よりも華があって、スカートはひらひらっとなって、胸には真っ赤なリボンが大きく……。
そこまで考えて、ダルタニャンの足は止まる。その視線は吸い寄せられるように、目の前の首飾りに注がれている。
「これは」
ダルタニャンは、そっと首飾りを手に取った。
現在コンスタンスが使用しているものと、デザインはよく似ているが、色は赤。燃えるような赤であった。
もう一度、頭の中でドレスを描く。そして、今自身が手にしている首飾りを合わせてみる。
華のあるドレスに、情熱的な首飾り。彼の頭の中には、それらを着飾り、自分に向かって微笑んでいるコンスタンスが居た。
(うん、きっと似合うぞ)
先ほどまでの緊張はどこへやら。満足げに頷き、勝ち誇ったような笑みを浮かべてから、ダルタニャンは店主を呼んだ。

「ロシナンテ、お待たせ!」
言い終えないうちに、ダルタニャンはひらりと飛んでロシナンテの背に跨る。
「さあ、帰ろう」
コンスタンスが待っている家に。温かさが待つ家に。
(コンスタンス、きっと喜んでくれるだろうなあ)
その時、彼女はどんな顔をしてくれるのか。どんな言葉をくれるのか。楽しみで楽しみで、仕方がない。
太陽は沈み、雪はまだ降り続いている。入店する前よりも強い冷えが体を襲ったが、今のダルタニャンにとっては大した事ではなかった。
まだ多くの人が出歩いているパリを、ダルタニャンは走る。ロシナンテの蹄が雪を蹴る柔らかい音に、心地よさすら感じていた。


後書き
ダル×コン好きといいつつ、話を書くのは初めてです。ダルタニャン、どれだけメロメロのベタ惚れですか(笑)。
劇場版のコンスタンスの首飾りは色が変わっていたので、どうしてかな…?というのと、クリスマスにプレゼントを贈るダルタニャンを書きたいな、という気持ちがあって書きました。
なので、時代設定は最終回後・劇場版前のクリスマスですが…説明ないとクリスマスだって分かり辛いですねコレ。ダルは帰ってから、ボナシュー一家とミサに行くのでしょうか。24日夕方のプチ話でした。イブギリギリセーフ! (2011/12/23)