始まりの鐘が鳴る




もしも、本当の事を全て打ち明けていたならば。
もしも、協力してくれるように頼んでいたならば。

もしも、あの時一緒に、隊長の話を断っていたならば。


重い頭を気遣いながら、アラミスはゆっくりと起き上がった。一日の始まりを告げる鳥たちの話し声が、室内に小さく届いている。
銃士隊長の命を受けてから一夜明けた。彼女はルーブル宮殿の一室を借り、休息を取っていた。しかし、ほとんど眠れず、彼女自身としては全く休んだ気がしていなかった。
気だるげにベッドを離れて身支度を始めながら、アラミスは昨日の事に思いを巡らせる。

『何故だ、アラミス。友達の誓いを忘れたのか!?』
『もう友達でも何でもない、絶交だ!』
一日前に浴びせられた言葉たちは、彼女の心に深く突き刺さったまま、離れる様子を見せない。固い友情を誓い合い、生死を共にして支えあってきた、仲間たちの。
(違う)
思わず、袖を通す動きが止まる。頭はまだ、重いまま。
(忘れてなどいない、大事な仲間に決まっている!)
そう、言いたかった。叫びたかった。例えその場所が大広間だろうが、そこにミレディー達がいようとも。それでも、本当は声高らかに叫びたかった。去っていく、その背に向けて。
行かないでほしいと。行ってほしくないと。置いていってほしくないと。自分は、友情の誓いを忘れてなどいないと。信じてほしいと。これからも、ずっと友達であると、そう叫びたかった。伝えたかった。
それらの言葉をグッと呑みこみ、ただ、彼らの背を見送っていた。
大きく息を吐き出して、アラミスは、再び袖を通しだす。


もしも、本当の事を全て打ち明けていたならば。
もしも、協力してくれるように頼んでいたならば。

もしも、あの時一緒に、隊長の話を断っていたならば。


櫛で、長く美しい金の髪を梳かしていく。するする、するすると、髪は規則正しく流れていく。
鏡の中の自分と、アラミスは向き合い続けていた。
(他に、方法はあったのかもしれない)
皆と共にいたならば。いつものように皆で力を合わせる事が、出来ていたのだろう。
(違う。巻き込みたく、なかっただけ)
視線は鏡に向けたまま、アラミスは櫛を置いた。
ペンダントを見つけた途端。ラクダを見つけた途端。六年前の仇を見つけた途端。
この男から離れてはいけない。逃してはいけない。喰らいつかなければならないと、彼女は必死だった。冷静さを必死に保ちながら、喰らいついた。興奮する胸の内を必死に押し込めて。六年分の思いを抑えながら、けれど込めながら、喰らいついたのだ。
(私も、皆といたかった)
だが、仇討ちは自分のする事だ。"三銃士"がする事ではない。彼らには、関係ない。巻き込んではならないのだ。

けれども。
『友達の誓いを忘れたのか!?』
今、自分の考えている事を知ったら、彼はまた同じように言うのだろう。何故自分達に相談してくれない。どうして一人だけでやろうとするのか、という気持ちで。

そして。
『絶交だ!』
彼とも、話が出来なくなってしまうのだろうか。彼のちょっと抜けた言動に、口を出すのが大好きだった。頼りがいがあって、信頼できる愉快な友人。

日の光が、強さを増して、窓の外から飛び込んでくる。ゆっくり、ゆっくりと、影が大きくなっていく。彼女の髪を照らし、それらは光を纏っていく。
アラミスは鏡から離れ、手袋を手に取った。
(……戻ろう)
白くて華奢な腕が、それよりも白い手袋の中に入っていく。
(必ず戻ろう、皆のところに)
大事な友人達の心を欺き、仲間でありたいという叫びを押し込んだ。それは、今もそうであって。
(それだけの事をしてしまった。だから、絶対に、目的を果たす)
亡き婚約者のためにも、これまでの自分自身のためにも。彼らのためにも。
そして、これからの自分のためにも。彼らの元へ戻るためにも。
アラミスは、手袋に力をこめて指を伸ばす。右も、左も。決意を強めるように、グッと強く伸ばす。
頭の重さは、ほとんどなくなっていた。否、決意により消し去られた、と考えるべきか。


もしも、本当の事を全て打ち明けていたならば。
もしも、協力してくれるように頼んでいたならば。

もしも、あの時一緒に、隊長の話を断っていたならば。
もしも。

光射す窓に、アラミスは向かった。外からは、まだ鳥の声が聞こえている。窓を開けることで、それは少し大きく届いた。
さわさわと、朝のひんやりとした風が、彼女の頬をすりぬける。それらを吸い込むように、彼女は一つ、深呼吸をして、頭にまとわりついていた、いくつもの"もしも"を、捨て去った。
決意を強めているのに、彼女は自分でも驚くほど落ち着いていた。それは、この明るい光と優しい風のお陰なのか。

(必ず戻ろう、皆のところに)
もう一度、一人誓う。アラミスは口元を結び、さわさわと流れる風を受けていた。

燃えるような彼女の思いと異なり、静けさに包まれたルーブルの早朝。
パリの街は、太陽の光を浴びながらゆっくりと目覚めていく。




長い後書き
アラミスモノローグシリーズ(笑)。アトス&ポルトスを逮捕しろーと言われる数時間前のアラミスでした。ジャンが、「アラミスは銃士隊長になってからずーっとルーブルにいるみたい」と言ってたので、ルーブルの一室を借りていたとかそんな補完設定にしました。国王の銃士隊だから、何かしら部屋はあったんじゃあないかと…鏡つきの(笑)。
結局はフィリップの救出最優先と言う事で、アラミスは仇討ち前に皆のところに戻りますが……ま、まあ、人生そんなもんさ(笑)。
ぷんすか怒って去るポルトス&アトスの後姿を見ている、あのアラミスの表情から考えた話です。堪えているというか、申し訳なさそうというか…私はあの表情にやられて、一気にアラミス&アニ三ファンになりました。
アラミスが隊長になったのは、ラクダ発見→陛下は(フランソワから聞いていた)フィリップ様なのかも、という発想からだと考えてるので、仇討ち理由100%で敵についたという訳ではないと思うのですが……でもこの話だと仇討ち100%っぽいですね…。
そんなアラミスのがんばるよ話でした。 (2010.10.2)