滅びの城で、ひとり



青い空と白い雲が、空いっぱいに広がる。天高く昇った太陽は、力いっぱいに世界を照らす。
耳に届くのは、甲高いカモメの鳴き声と、静かな波の音。心地よい、海の音。
海から流れてきた風が優しく、彼女を撫でていく。何度も、何度も。

(どうして)

優しい風に包まれ、彼女は佇む。

(どうして、私は)

空から降る強い力も、海からやってくる温かい音も、今の彼女には届かない。
ただ、呆然と。彼女はそこにいた。

「どうして」

疑問は言葉となり、無意識に彼女の口をついて出た。しかし、誰も答えない。
否、そこには誰もいない、と言った方が正しいか。彼女の周囲のみならず、彼女の立っている陸地には、生きている人間はいない。
その理由は、彼女の背後にある。
彼女は、ゆっくりと振り返った。風が、彼女の髪を後ろから包み、ふわりと浮かせていく。

背後にあるのは、廃墟となった城。
以前は、高く高くそびえ立っていた、屈強な塔もあった。
しかし、難攻不落の要塞は、瓦礫の山へと変わり果てた。大量の火薬を爆破させた事により、崩れ去った。
彼女も、この城と同じ運命を辿るはずだった。爆発に呑まれ、崩れ、消えるはずだった。
それなのに。

「どうして、生き長らえてしまったの」
生きてしまった。
助かってしまった。
そう気が付いた時には、もう、誰もいなかった。敵も、味方も―ペペも。
ただ聞こえたのは、海の音。それは今も変わらずに、鳴り続けている。

彼女は、破れかけた衣服から覗く、肩の十字架に目を留めた。
犯罪者の烙印。それはしっかりと残っている。
あの屈強な塔をも破壊した爆破はだが、彼女とその烙印を消すことは出来なかったのだ。
(これがある限り)
生まれ変わることなんて、出来ない。どこへ行っても、突っぱねられて、恐れられて。

「神様……」
彼女は、空を見た。数日前までは塔がそびえ立っていたであろうその空間は、今は何もない。ただ、空がよく見えた。天に向かい、問いかける。
「貴方の御許へ、行くことは許されなかったのですね……でも、でも……」
(どうして)
彼女の疑問は絶えない。尽きない。
「どうして、私を生かしておいたのですか?こんな私を?この世に生まれてくるべきではなかった女を?」

烙印など、ナイフでえぐり出してしまおうか。
しかし、そんな事をしても、きっと光の世界を歩いてなんていけないと、彼女は感じた。フランスではもう顔が知られている。彼女の故郷のイギリスも。きっと、どこへ行ったところで、真っ当な世界で生きることなど、自分には出来ないと感じていた。
ならばこのまま、崖の下へ身を投じようか。
しかし、そんな事をしても、きっとまた生き長らえるのだろうと、彼女は思った。あの爆破の中心にいたのに、彼女は生きていた。生きていたというよりも、何かに生かされていると、彼女は思っていた。きっと自ら命を絶とうとしても、再び誰かが自分を生かすのではないかと、そう思えていた。
「誰が……」
誰が、彼女を生かしているのだろうか。
「神様、貴方なのですか?」
天に向かい、問う。答えはない。
(それとも)
彼女は、瓦礫の山に視線を移した。石材や木材がたくさん絡まりあい、泥にまみれて汚れている。
彼女を包む優しい風は、瓦礫の山にも吹きつけていた。小石が風に押し出され、カランカランと乾いた音を立てて、山から落ちる。
(誰が、なんのために)
彼女は、考えていた。
自分は、どうしてあの爆発の中で、生きていられたのか。
自分のような厄介者が、誰に生かされたのか。何のために生かされたのか。
そして。
(私は、どうすれば―)
そんな自分は、これから何をすれば良いのかを。
何が自分の敵で、何が味方なのかを。
彼女は、考えていた。

今はまだ、分からない。
彼女は、ただ、立ち尽くす。答えが出るまでは、動けない。
彼女は、廃墟の世界を見続けていた。問いかけるように、答えを求めるかのように。
まだ分からない。分からない。


けれども、彼女は二度と、空を見ようとはしなかった。
肩の烙印を優しく撫でながら、塔だったものを見つめ続けていた。



ベル・イール爆破後のミレディーの話でした。
52話のあのお祈りミレディーさんが、何故劇場版で再びヒールミレディーさんになったのか、その過程をちょいと考えてみようと思い、書いたのがこの話です。
でも"過程"というより、悪者街道にカムバックする"兆し"の話になりました。
アラミスが出ない話はパノラマラウンジ初でした。ミレディーさんの話も、書いててすっごく楽しかったです。またやってみたいです。 (2010/06/07)


神様、何故、私を―。

◇素敵ないただきもの!◇

JahLive!のあやみさんから、ミレディーさんイラストを頂戴しました。
たったひとりぼっち、たたずむミレディーさん……残された彼女の悲しさが伝わってきます。
あやみさんが描かれた、こういう場面を想像しながらこの話を書いたので、マッチングぶりにびっくりしました!話の意図を汲んでいただき、見事にきれいなイラストで表現して頂けて、とても嬉しいです。小説書いて良かった!
あやみさん、どうもありがとうございます!(2010.11.14)

あやみさんのサイトはこちらから!
イラストのみならず、企画&マンガ&小説沢山で楽しい・JahLive!