春の森にて

透き通るように綺麗な青い石を、太陽に透かしてみせる。陽の光を受けて、それは一層輝いた。
あまり眺めていると、目に良くない。そう思い、青年はそれを自身の手に乗せる。未だ光を称えているのではないかと、青年は思った。

フランソワは、その青いペンダントを、誇らしげに眺めていた。
もうじき、これを渡す相手がやって来る事になっている。彼は、彼女がいつも馬を待たせる場所に耳を澄ませたが、いななきはまだ聞こえない。
早く、早く来ないだろうか。この特別な日のために用意した、特別なプレゼントを、早く渡したい。きっと、いや、絶対に、気に入ってくれる筈だ。君はどんな顔をして喜んでくれるのだろうか。
数分後の物語を想像する彼の表情が、ほころんだ。その時であった。
けたたましい轟音がしたその刹那、強い力がフランソワを襲った。突風が、森を駆け抜けたのだ。
彼は咄嗟に、帽子が飛ばないよう、頭に片手を伸ばしてしまった。彼の注意は頭に向けられ、ほんの一瞬だが、手から意識が離れる。
その隙を、突風は逃さなかった。
「あっ」
きらめくペンダントはフランソワの手を離れ、池に向かって飛ぶ。そして、それは水の中に消えてしまった。
「……」

風が去り、フランソワは帽子から手を離した。
「……まずい事をしてしまったな……」
取り敢えず拾おうか。しかし、拾い上げたところで、池の泥がついてしまっている。たとえきれいに拭えたとしても、一度でも泥のついたペンダントを、どうして恋人に渡せようか。
フランソワはどうすべきか、考えた。しかし、考えがまとまらないうちに、馬のいななきが聞こえた。

「フランソワ、もう来ていたの。ごめんなさい、待たせてしまったわね」
ルネの息は上がっていたが、頬が熱い理由が他にあることをフランソワは知っており、そんな彼女を可愛く思うのであった。
「いや、僕もさっき着たばかりさ。……抜け出してくるの、大変だったかい。ほら、息を整えてからで大丈夫だよ」
フランソワは、ルネを茂みに座らせた。彼女は、呼吸が完全に整っていないのも関わらず、フランソワの方を向いて話した。
「『誕生日だからこそ、いつもと同じように馬で走りたいんです』って伯父様にお願いしたの。そこまでは良かったけれど、どこまで行くのだとか、何時までに帰って来いだとかで、色々聞かれてしまって」
「それだけ、伯爵様は君を大事に思ってくれているという事じゃないか」
「そうね、それは感謝すべき事なんだと思うわ。でも私……適当な嘘を言って、走ってきてしまったの」
照れたように笑うルネは実に愛らしく、フランソワはそれ以上の事を言えなかった。
それより大事な、言うべき事がある。彼は、白く小さな手を取った。
「ルネ、誕生日おめでとう」
「ありがとう、フランソワ」
彼女は花のように笑う。あのペンダントがあれば、もっと喜ぶ様子が見られたかもしれない。フランソワはそれを残念に思った。
そして彼は、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「その……君にプレゼントがあったのだけれど……屋敷に置いてきてしまったようなのだ。すまない」
池の中に沈んでいるなどと本当のことを話したら、この恋人はドレスを捲り上げて、捜索を始めるかも分からない。脚色はしたものの、フランソワはルネにペンダントの件を詫びた。
「まあ、フランソワ」
ルネは、口に手を当て、目を丸くした。
「私、貴方に贈り物をお願いしようと思っていたの。ああ、フランソワの方が用意してくれていたなんて……嬉しくて、驚いてしまって」
彼女の手は、口元から胸の下に下りる。激しくなる動悸は治まらない。
「良いよ、ルネ。何でもお願いしてくれ」
「あ、あのね……」
ルネは上体を伸ばし、顔を彼の耳に近付けた。フランソワも、身を屈めて彼女の方に首を傾けた。彼は面白そうに笑う。
「僕達の他には、誰もいないのに」
「だめ。恥ずかしいから耳打ちで聞いて」

(……)

ルネはフランソワから体を離した。赤くなり、困ったように俯く。
フランソワはそんな彼女を見て、笑みを零した。
丸くて小さな肩に、彼の大きな手が置かれた。少女は赤い顔を上げ、瞳を閉じる。
青い宝石が眠る池のほとりで、二つの影は一つになって、また二つに戻った。

「フランソワ、ありがとう。好きよ」
青年は愛の言葉を受け、照れたように笑う。
そして少女は青いペンダントの事など知る由もなく、穏やかな笑みをたたえたのであった。


ルネのお誕生日話でした。書いていて楽しかったですが、同時に恥ずかしかったです。ラストで、砂糖ざらざら…。
時代設定は、別冊アニメディア「愛・アラミスの旅立ち」でフランソワがルネに愛してるーと言った、あの時よりも前…です。
ルネちゃんはフランソワ君との交際を伯父様に内緒にしているため、この後すぐお屋敷に戻らないとなりません。伯父様も、彼女の誕生祝いをしてくれていたと思うので…。
私的にフランソワは落ち着いているイメージ、ルネはとにかく可愛いイメージなので、それを目指しました。 (2007/04/08)